教員紹介

Faculty Members

高柴 優貴子 教授

国際関係法学科

高校生へのメッセージ

国際社会には実に色々な場面で国際法に依拠した言説が絶え間なく飛び交っています。それは、国際法が国際社会の共通言語として世界について考えるのに欠かせないツールであるだけでなく、今日では変容するグローバルガヴァナンスというより広いコンテクストの一部になっていることの証でもあります。そんな国際法を学ぶ準備として、まず国語力を磨き、語学と世界史、とくに近現代史の勉強に注力してください。加えて、できるだけ“心を動かす”訓練を心掛けてほしいと思います。自身の体験できる経験はたとえ限られていても、読書や映画、ドキュメンタリー番組の視聴などを通じて、様々な人々の経験を間接的に追体験することはできます。中でも困難な時代や境遇に置かれた人々に共感できること。そういった共感力(感情知能=Emotional Intelligenceといってもいいかもしれません)の素地の上に、国際法を主体的に学び、社会を前に進めるためのモチベーションが生まれます。

高柴 優貴子
研究分野 国際法、国際紛争解決法、国際人道法、国際刑事裁判、国際組織法、都市と国際法、条約法
研究分野に関する
キーワード
国際司法裁判所、国際仲裁裁判、国家間訴訟手続法、グローバルガヴァナンス、国際法の解釈コミュニティ
研究テーマ Third-party involvement of States, State-like entities and international organizations in inter-State litigations(2019−2021)
都市と国際法 (2018-)
「移行期の司法」における「正義」概念と平和:3つの事例研究から(2008−2009)

世界の中の“声なき声”を聴き取れる、
integrity(高潔さ、ブレない芯の強さ)
を持った国際人を育てたい。

“Dare to be different”の精神で、生きた国際法を学ぶ

「国際紛争解決法」「国際法Ⅱ」などの講義を通じて、高柴優貴子先生はしばしば、学生たちに“Dare to be different”と呼びかけます。「“人と違ってかまわない、あえて自分らしさを追求しよう”、といった意味合いの言葉です。国際法は世界をつなぐ共通言語、それも日々使われる生きた言語です。法の枠組みや過去の事例を学ぶだけでなく、“自分なら国際法をどう使うか”という視点で、不断に交わされている国際法に基づく言説を読み解く力を養ってほしいのです」と、先生は“Dare to be different”という印象的なフレーズにこめた学生への期待を明かし、こう続けます。「法規や判例を叙述的に学ぶことは、言ってみれば静止画のイメージです。しかし概念の操作を覚えても、プレッシャーのかかるいざという場面であまり役に立たないかもしれません。そうではなく、個々の事案や規則・制度がどのように複雑に関連し合い、一歩下がってみればそれが全体としてどのような国際社会のストーリーの一部を成していくか。有機的な、いわば動画としての国際法を、授業やゼミの様々な仕掛けを通じて体感し、身につけて行ってもらいたいと願っています。」

“見えない会話”を読み、国際司法のスタンダードを体感する

静止画ではなく動画としての国際法。この比喩の背景にあるのは、フランス留学に始まり、国連司法機関や外務省国際法局における国際法実務、また様々な地域からの多くの留学生に対する国際法の教育実践という、国際法を軸に展開してきた高柴先生の実践経験です。「初めて国際法を実際に使う仕事に就いたのは旧ユーゴ国際刑事裁判所 (ICTY) でした。学部時代に訪れたフランスでバルカン半島諸国の内戦の戦火を逃れて来た人々に出会い、以降国際法を用いて何ができるのかに関心を寄せていましたが、ニュルンベルグ・東京裁判以来の大規模人権侵害に対する個人の刑事責任を追及する国際的な刑事法廷の先駆けとなった同裁判所で、検察局法務官として、法の実現には実際にどんな困難が待ち受けているのかを知るのは大変勉強になりました(2000−2002)。その後東アジア人初の法務官として国際司法裁判所(ICJ)に採用され国家間訴訟業務に従事し(2002−2005)、更に同裁判所所長特別補佐官・法務官として、任期中の全ての訴訟事件の判決および勧告的意見に関する裁判官会議を補佐し起草過程に携わりました(2009−2012)。日々の業務だけでなく、NYの国連本部への裁判所代表団の年次出張等を通じ、裁判所が国際関係の荒波に晒される中でどのように司法機関として正当性を確保しようとしているのか、様々な側面から考えさせられました。また日本が史上初めてICJを舞台とした国家間訴訟の当事国になった南極海捕鯨事件では、政府の補佐人・弁護人として、今度は当事国の立場からICJ裁判を経験しました(2012−2014)。こういった国際司法の現場で学んだ点は多くありますが、とりわけ国家間訴訟がしばしば価値の対立に深く関わる中、事件の置かれた“文脈”に関する裁判官の判断の幅は大きく、弁論と証拠を吟味するにあたり幾重もの“見えない会話”を読み取ったうえで判断が下されているプロセスは、実際に見なければ透察できないことでした。」先生の体験談から、国際紛争の解決には“生きた国際法”“動画としての国際法”という観点が必要不可欠であることがわかります。

学びを通じて「専門性、語学力、integrity」の三位一体の力を養う

では、生きた国際法、使える国際法を学ぶうえで最も大切なものは何なのでしょう?“integrity”、それが先生の答えでした。「“誠実”、 “高潔”とも訳される言葉ですが、私は“ブレない芯の強さ”と説明しています。国内的な同調圧力は国際社会では無力であり、ひとたび国を出て友情と信頼関係の基礎になるのは、“この人は信頼できる”と思わせるintegrityに他なりません」。日々の講義や学生との関わりを通じて、専門性、語学力、そして何より大切なintegrityの三位一体の力を備えた人材を育てたいと、先生は力を込めて話します。「日本も含め、世界のさまざまな場所で、integrityを持った仲間と力を合わせて社会を少しでもよくしようと、案件のために全力を尽くすことほど楽しいことはありません。国際法が扱う様々な事象の背後には生身の人々の物語があり、国際法の知見を生かせる場は一般に思われているよりもずっと広いです。前任校での教え子には、国連難民高等弁務官事務所の職員としてウガンダで現地政府と共に難民認定に携わる人もいれば、クエートで家事使用人として働く移民女性たちの人権向上に取り組むNGOを立ち上げた人もいます。ぜひ新たな可能性に挑んでほしいですね。」
西南学院大学の自由な空気の中で、国際法を通じて広い世界とつながる学び。その先には、今までにない新たな価値を世界に向けて発信する未来が待っているかもしれません。